税理士事務所のAI導入は、「AIに税務相談をさせる」話から入ると必ず止まります。先に手を付けるべきは、記帳と証憑の読み取りという、判断を伴わない工程です。
ここを外せば、担当者1人あたりの受け持ち件数が変わります。逆に、判断が絡む工程から始めると、確認の手間が増えて元の作業に戻ります。
順番の話です。難しい話ではありません。
事務所の業務を3つに分ける
工程ごとに、任せられる度合いが違います。
工程 | AIの役割 | 人が残す部分 |
|---|---|---|
証憑の読み取り | 請求書・領収書から日付・金額・取引先を抽出 | 読み取り結果の確認、例外の判断 |
記帳・仕訳 | 過去の仕訳をもとに勘定科目を推定 | 初出の取引先、判断が割れる科目 |
月次の資料作成 | 試算表からコメントの下書きを作る | 数字の意味づけ、顧問先への説明 |
税務相談・申告書 | 論点の洗い出し、条文の所在確認 | 判断と最終的な回答のすべて |
上の2つは大きく削れます。下に行くほど人の比重が上がります。記帳・仕訳・月次決算はAIで7〜8割自動化できるという報告があり[1]、実務で最も効果が出るのはこの帯です。
一方、税務相談と申告書の確定は任せられません。誤りの責任が事務所に残るからです。この線引きの考え方はAIに任せてはいけない業務の記事で扱いました。
AI-OCRの精度をどう見るか
印刷された日本語テキストの認識精度は95〜99%に達しているという報告があります[1]。数字だけ見ると十分に思えますが、100枚に1〜5枚の誤りが残る計算です。
誤りが出やすい箇所は決まっています。次の4つです。
- 手書きの領収書、レシートの薄い印字
- 似た名前の取引先(「〇〇商事」と「〇〇商事株式会社」など)
- 桁の多い金額、3桁区切りのない表記
- 日付の書式が和暦と西暦で混在している場合
だからこそ、読み取り結果を人が確認する工程を外してはいけません。確認を残したままでも、手入力していたときと比べれば時間は大きく減ります。ゼロから打つのと、出てきた候補を見て直すのとでは、作業の性質が変わるためです。
確認を効率よく進めるなら、金額の閾値で分けてください。一定額を超える証憑だけ全件を確認し、少額は抜き取りで見ます。この運用なら、確認の工数も抑えられます。全件を同じ目で見る必要はありません。
2割特例の終了で、相談が増えます
制度の話を1つ入れます。今年に限った事情です。2割特例は、適格請求書発行事業者の令和5年10月1日から令和8年9月30日までの日の属する各課税期間で適用できる措置です[2]。つまり、令和8年9月30日を含む課税期間をもって終わります。
その後、個人事業者については令和9年分および令和10年分の消費税申告に対して3割特例が設けられます[3]。
顧問先の側から見ると、来年の申告から納税額が変わります。「今年と同じでいいですか」という問い合わせが、9月以降に集中します。この説明を担当者ごとに口頭で行うと、同じ話を何十回もすることになります。
ここがAIの使いどころです。説明の文面を1度作り、顧問先ごとの状況(個人か法人か、簡易課税か本則か)に当てはめて差し替えます。案内文の下書きを一括で作れば、担当者は内容の確認と個別事情の追記に集中できます。
作業の実際を書きます。顧問先の一覧をCSVで用意し、区分の列を1つ足します。あとは区分ごとの文面をAIに書き分けてもらい、差し込みで出力します。100件でも半日で終わります。手作業なら数日です。
ここで生まれる時間は小さくありません。1件15分の説明が100件あれば25時間です。9月から12月にかけて、その25時間が確保できるかどうかで年末の忙しさが変わります。
制度そのものの判断はAIに任せないでください。税額の計算と、どの特例を選ぶかの判断は人が行います。任せるのは、決まった内容を顧問先の数だけ書き分ける作業です。
読み取りツールの選び方
会計ソフトに標準で付いている読み取り機能と、専用のAI-OCRサービスがあります。すでに会計ソフトを使っているなら、標準機能から試してください。追加費用がかからず、仕訳への反映もそのまま進みます。
専用サービスを検討するのは3つの場合です。扱う証憑が月1,000枚を超えるとき。手書きの領収書が多いとき。会計ソフトを複数使い分けているとき。どれにも当てはまらないなら、標準機能で足ります。
もう1つの選定軸があります。読み取った結果を、事務所で使っている他のツールから呼び出せるかどうかです。データが1つのサービスの中に閉じていると、あとで別の用途に使えません。MCPという接続の規格に対応しているかは、確認する価値があります。ツール選定でMCPを軸にする考え方はAI議事録ツールの比較記事で書きました。
顧問先への展開が事務所の収益になります
事務所内の効率化で止めると、削減した時間が別の作業で埋まります。もう一歩進めて、顧問先にAIの使い方を伝える動きが増えています。
顧問先の経理担当がAI-OCRで証憑を電子化してくれるとします。事務所に届く資料の質が上がります。紙の束が来ません。月次は数日早く締まります。顧問先の効率化が、そのまま事務所の効率化になる構造です。
伝える内容は難しいものではありません。
生成AIを業務で使うためのプロンプト例は、実務向けにまとめた記事が公開されています[5]。所内で使い方を共有するとき、こうした例を土台にすると立ち上がりが速くなります。
- 領収書はスマートフォンで撮影してクラウドに置く
- 経費精算の締め日を月末に固定する
- 勘定科目に迷う取引だけ、月初にまとめて相談する
この3つが実行される顧問先とそうでない顧問先とでは、担当者の負荷が倍ほど違います。関与先向けの勉強会という形にすれば、顧問料の見直しの材料にもなります。士業全体の展開の考え方は士業のAI活用と顧問先への展開の記事にまとめました。
所内で先に決めること
導入の前に、所内で3つ決めてください。順番は問いません。ただし全部です。
1つ目は、顧問先の情報をどこまで入力してよいかです。法人向けプランでは入力内容が学習に使われない扱いが既定になっているサービスが多い一方、個人向けプランは設定次第です。事務所として使う環境を1つに定め、個人アカウントでの業務利用を禁じてください。判断の材料は生成AIの情報漏洩対策の記事にまとめました。
2つ目は、確認の責任者です。AIが出した仕訳を、誰が確定させるのか。担当者か、レビュー担当か。ここが曖昧だと、誤りが顧問先に届いてから発覚します。
この2つ目は運用の設計です。AIが出した仕訳をそのまま登録する担当者と、必ず全件見直す担当者が混在すると、品質が担当者ごとに変わります。所内で1つの手順に統一してください。
3つ目は、電子帳簿保存法への対応です。電子取引データは電子のまま保存する必要があります[4]。読み取ったあとに紙を破棄する運用に変えるなら、保存要件を満たしているかを先に確認してください。
所長が自分で触るかどうか
所内のAI導入が進む事務所には共通点があります。所長か、それに近い立場の人が自分で触っていることです。
理由は単純です。担当者が「この作業をAIに任せてよいか」と聞いてきたとき、触っていない所長は答えられません。判断が保留になり、担当者は元のやり方に戻ります。1度戻ると、次の提案は出てきません。
必要なのは操作の習熟ではありません。何ができて何ができないかを、自分の手で確かめた経験です。1時間ほど触れば感覚はつかめます。経営者側が先に動く意味はAI導入の進め方の記事で扱いました。
導入の順番
時期 | やること |
|---|---|
1か月目 | 1人の担当者が、担当先1社で証憑の読み取りを試す |
2か月目 | 確認の手順を文書化し、所内2〜3人に広げる |
3か月目 | 顧問先向けの案内文をAIで下書きし、資料の受け渡しを電子に変える |
期間は3か月です。短くはありません。しかし一気に広げた事務所ほど、途中で止まっています。
最初の1か月を1社1人に絞ってください。全社一斉に始めると、うまくいかなかったときに原因が分かりません。1社で回った手順を文書にしてから広げるほうが、結果として速く進みます。
3か月目の顧問先への展開まで進むと、事務所の位置づけが変わります。記帳を受け取る先から、顧問先の業務改善を助言する先へ。顧問料の根拠が「作業量」から「助言の価値」に移るためです。ここまで来た事務所は、値上げの交渉がしやすくなります。
所内に詳しい人がいない場合は、外部の研修を使う判断もあります。AX総合研究所のAI研修は、実際の業務を題材に手順を作りながら進める設計です。人材開発支援助成金の対象になれば、経費の75%が助成されます(中小企業・2026年8月時点)。
職員の反応をどう扱うか
導入に前向きな職員と、そうでない職員に分かれます。分かれること自体は問題ありません。問題は、後者の理由を聞かずに進めることです。
反対の理由は、たいてい2つのどちらかです。1つは「自分の仕事がなくなる」という不安。もう1つは「確認の手間が増えるだけ」という実務上の見立てです。
前者には、削減した時間を何に使うかを先に示してください。担当先を増やすのか、月次の質を上げるのか、残業を減らすのか。示さないまま「効率化」とだけ言うと、人員削減の予告に聞こえます。
後者は正しい指摘であることが多いので、実際に測ってください。1週間だけ、AIありとなしで同じ作業の時間を記録します。数字が出れば議論は終わります。遅くなっているなら、対象の工程が合っていないという結論になります。それも成果です。
まとめ
税理士事務所のAI導入は、記帳と証憑の読み取りから始めてください。ここは判断を伴わないため、確認工程を残したままでも時間が減ります。税務相談と申告書の確定は、これまでどおり人が行います。
そして今年は制度の切り替わりが重なります。2割特例が令和8年9月30日を含む課税期間で終わり[2]、個人事業者には3割特例が設けられます[3]。顧問先への説明が増えるこの時期に、案内文の作成を効率化しておくと負荷の山を越えやすくなります。
顧問先への展開まで進めば、事務所の役割そのものが広がります。記帳を受け取るだけの関係から、業務の相談先へ。そこまで見据えて、最初の1社を選んでください。
事務所の状況に合わせた進め方は無料相談で承ります。現在地を確かめたい方はAI活用度診断からどうぞ。
参考文献・出典
- 税務AI活用【2026年最新】AI-OCR自動仕訳・JDL評判・freee連携 — AI革命株式会社(参照 2026-08-29)
- 2割特例(インボイス発行事業者となる小規模事業者に対する負担軽減措置)の概要 — 国税庁(参照 2026-08-29)
- 令和8年度税制改正特集(インボイス制度) — 国税庁(参照 2026-08-29)
- 電子帳簿保存法関係 — 国税庁(参照 2026-08-29)
- 税理士業務はAIでどう変わる?2026年の現在地とすぐに使えるプロンプト例 — マネーフォワード(参照 2026-08-29)
※本記事の制度内容は2026年8月時点の公開情報にもとづきます。適用の可否は個別の状況により異なるため、実務では国税庁の最新の公表資料をご確認ください。



