「AI推進室を作ったが、半年経っても何も変わらない」。この相談が増えています。担当者の能力の問題ではありません。AIの導入だけは、現場から積み上げる方式が構造的に機能しにくいからです。
先に結論を書きます。AIで会社が変わった事例には、例外なくトップ自身がAIを使っているという共通点があります。逆に止まっている会社では、経営層がAIを「担当者に任せる技術の話」として扱っています。
トップが使うと、会社の何が変わるのか
公開されている事例を2つ見ます。どちらも、経営者本人がAIを日常的に使っている会社です。
DeNAは、南場智子会長の号令のもと「AIネイティブカンパニー」への転換を進めています。象徴的なのは、個人と組織のAI活用度を測る独自指標「DeNA AI Readiness Score(DARS)」を自社で開発し、2025年8月から本格運用を始めたことです。南場会長自身も、業務効率化にとどまらず情報収集・意思決定・試作づくりにまで生成AIを使っていると語っています。
クラシル(dely)は、堀江裕介CEOのもとで2025年7月、開発本部の全エンジニア・デザイナー・プロダクトマネージャーを対象に、月額最大10万円のAIエージェント利用料を補助する「AI First制度」を導入しました。同社が公表している数字では、社内のAI利用率は100%、Claude Codeの利用率は99%、開発生産性は1年前比で6倍以上とされています。
注目すべきは、施策の中身よりその施策が通った速度です。1人あたり月10万円のツール補助は、通常の稟議では通りません。AIの費用対効果を体感している経営者が決裁者だから、この規模の投資判断が数か月で下りている。ここが本質です。
止まる会社では、何が起きているのか
対照的に、AI導入プロジェクトの約8〜9割は期待した成果を十分に出せていないという指摘があります。原因は技術ではありません。
管理職1,008名を対象とした2026年の調査では、「職場で生成AIを使いこなせない人」として経営層を挙げた回答が26.8%にのぼりました。課長・リーダー職(29.3%)に次ぐ高さです。使いこなせていない層が決裁者である、という構図が数字に出ています。
実証実験(PoC)が止まる主因も、モデルの性能ではないと整理されています。止まるのは、次の4つが決まらないときです。
決まらないもの | 現場で起きること |
|---|---|
対象業務 | 「何にでも使える」まま、誰も自分の仕事に落とし込めない |
社内データ | 使えるデータの範囲が不明で、実験用データから先に進まない |
確認工程 | AIの出力を誰がどう検証するか決まらず、本番投入できない |
運用責任 | 事故が起きたときの責任者が不在で、承認が下りない |
4つとも、現場の担当者には決められません。どれも経営判断の領域です。だからAI推進室が優秀でも、経営がその4つに答えを出さない限り、プロジェクトは実証実験の手前で止まり続けます。
よくある止まり方
止まる会社の進み方は、驚くほど似ています。中小企業でよく見かける典型的な流れを、想定として並べておきます。自社に当てはまる段階があれば、そこが手を入れる場所です。
- 経営会議で「うちもAIをやらないと」という話が出る
- 情報システム担当か、比較的若手の社員が「AI推進担当」に任命される
- 担当者が無料版でツールを比較し、数十ページの検討資料を作る
- 「セキュリティが不安」「どの業務に使うのか」と会議で質問が出て、持ち帰りになる
- 3か月後、同じ資料が再提出される。決裁者はまだAIを触っていない
- 半年後、「様子見」で自然消滅する
この流れのどこにも、担当者の落ち度はありません。4の質問に答えられるのは経営者だけなのに、答えを持たないまま担当者に差し戻しているのが原因です。
裏を返せば、止まっている会社が動き出すきっかけも1つです。経営者が自分で使い始めて、「この業務でやる」「ここまでは人が確認する」と言い切ること。それだけで、5と6は起きなくなります。
「詳しい人に任せる」がなぜ失敗するのか
IT導入の常識では、詳しい担当者に任せるのが正解でした。基幹システムの入れ替えも、Web会議の導入も、その方式でうまくいきます。AIだけが違うのは、次の3点です。
- 投資の判断基準が既存と違う。 AIツールは1人月数千円から数万円。従来のIT投資の感覚では「高い」が、人件費と比べれば安い。この比較ができるのは経営者だけです
- 業務そのものを変えないと効果が出ない。 ツールを配っても、業務の手順が前のままなら時間は減りません。手順の変更は、部門をまたぐ意思決定です
- 失敗を許容する範囲を決める必要がある。 AIは必ず間違えます。どこまでの誤りを許容し、どこに人のチェックを残すか。これは責任の分配であり、経営の仕事です
つまり、AIの導入は技術の導入ではなく業務設計と権限配分の変更です。そこに手を付けられる立場の人が使っていなければ、どれだけ現場が頑張っても、変えられる範囲は自分の手元だけで終わります。
経営者が最初にやるべき3つのこと
難しいことは要りません。順番だけ守ってください。
- 自分で有料契約して、最上位モデルを毎日触る。 部下のデモを見るのではなく、自分の仕事で使う。1か月続ければ、投資判断の解像度が変わります(社長が最初に触るAIツールの選び方)
- 対象業務を1つ、社長が指名する。 「全社で活用を検討」ではなく「見積作成の下書きを対象にする」と名指しする。決めるのは現場ではありません
- 確認工程と責任者を先に決める。 誰がAIの出力を検証し、誤りが出たとき誰が責任を持つか。ここを決めておけば、現場は安心して試せます(AIに任せてはいけない業務の見分け方)
まとめ
DeNAとクラシルの事例で本当に効いているのは、AIツールそのものではありません。経営者がAIの実力を自分の手で知っているから、投資判断と業務変更が速いという点です。
そしてこれは、規模の大きな会社だけの話ではありません。むしろ意思決定が速い中小企業のほうが、この構造は有利に働きます。社長が使い始めてから全社に広がるまでの距離が、圧倒的に短いからです。
まずは自社の現在地を確かめるところから始めてください。AI活用度診断は1分で終わります。経営層向けの導入設計を相談したい方はAIセミナーや無料相談へどうぞ。
※本記事で紹介した他社の取り組みは、各社が公表している情報(2026年8月時点)にもとづく引用であり、AX総合研究所の支援実績ではありません。



