「AIに任せると情報が漏れる」という言い方には、3つの別々の心配が混ざっています。学習データに使われること、サービス提供者側から流出すること、社員が持ち出すこと。生成AIの情報漏洩対策を決めるには、この3つを分けて考える必要があります。混ぜたまま議論すると、結論はいつも「禁止」になります。
1つ目は契約プランで解決できます。2つ目は他のクラウドサービスと同じ話です。そして残る3つ目が、実際に事故が起きている場所です。
「漏れる」の中身を3つに分ける
中身を分けるところから始めます。
心配の種類 | 何が起きるか | 打ち手 |
|---|---|---|
学習利用 | 入力した内容がモデルの学習に使われる | 契約プランと設定で決まる(既定で使わない製品を選ぶ) |
事業者側の事故 | サービス提供者の不具合や攻撃で外部に出る | 他のクラウドと同じ判断。契約とログの確認 |
社内からの持ち出し | 社員が私物の端末やアカウントで業務データを扱う | 社内ルールと、使ってよい環境の用意 |
多くの会社が1つ目だけを議論して止まります。ところが件数として多いのは3つ目です。順に見ていきます。
3つを分ける利点は、担当が変わることにあります。1つ目は契約の話なので、決めるのは経営です。2つ目は他のクラウドサービスと同じ判断なので、既存の基準を当てはめれば済みます。3つ目だけが、社内の運用として新しく決める必要があるところです。会議の時間は、ここに使ってください。
法人向けプランの既定はどうなっているか
各社が公式に示している内容を並べます。
サービス | 入力の学習利用 | 出典 |
|---|---|---|
OpenAI(ChatGPT Business / Enterprise / API) | 既定では学習に使わない。明示的にオプトインした場合を除く | 公式のプライバシー説明[1] |
Anthropic(Claude for Work / API など商用条件) | 顧客が提供を選んだ場合を除き、学習に使わない | 公式のプライバシーセンター[2] |
Google Workspace(Gemini) | 顧客データを許可なくモデル学習に使わない。ドメイン外での人によるレビューも行わない | 公式のプライバシーハブ[4] |
読み方の要点は「既定で」という部分です。法人向けは、何も設定しなくても学習に使われない状態から始まります。むしろ提供する側が、顧客の同意なしには使えない構造になっています。
ここが分かると、社内の議論が変わります。「AIは危ないから禁止」という判断は、法人向けプランを契約していない状態を前提にした結論だったと分かるはずです。
確認の仕方も具体に落としておきます。各社の公開文書で「学習に使わない」と書かれている対象は、プラン名で区切られています。自社が契約しているプランの名前を確認し、その名前がその文書に載っているかを見てください。「ChatGPTを使っている」だけでは判断できません。無料、個人向け有料、法人向けのどれかによって扱いが変わります[1][3]。
個人向けプランは設定を確認する
個人向けは扱いが違います。ここを混同すると判断を誤ります。
Anthropicは2025年に消費者向けの規約を更新し、Claudeの無料・Pro・Maxのユーザーが、自分のやりとりをモデルの改善に提供するかどうかを選べる形にしました。設定はいつでも変更でき、変更後は将来の学習から除外されます。この更新は商用条件のサービス(Claude for Work、API など)には適用されません[3]。
ChatGPTの個人向けプランにも、履歴を残したまま学習利用だけを止める設定が用意されています[1]。
実務上の結論は単純です。業務利用なら法人向けプランを契約してください。 個人向けのままなら、設定を全員分そろえて点検し続けることになります。後者は運用が続きません。人が増えれば必ず抜けが出ます。
プランの選び方は社長が最初に触るAIツールの選び方にまとめました。
事故が起きるのは「禁止した会社」
ここが本題です。実際に情報が外に出るのは、仕様の問題ではありません。
会社が生成AIを禁止すると、業務は消えません。締切も変わりません。すると、こういうことが起きます。社員が自分のスマートフォンから、無料のAIサービスに顧客の資料を貼り付けます。会社は把握できず、ログも残りません。禁止は、把握できない利用を作り出します。
社外に出た情報が問題になった過去の事例でも、経路は同じ形でした。従業員が業務の内容を個人の判断で入力し、社内では検知できていませんでした。原因は仕様の脆弱性ではありません。使ってよい場所を用意しなかったことに行き着きます。
持ち出しの経路は、生成AIに限りません。私物のスマートフォン、無料の翻訳サイト、要約サイト、個人のメールアドレスへの転送、USBメモリ、共有リンクの誤設定。以前からあった穴に、選択肢が1つ増えたにすぎません。既存の情報管理の枠組みに、生成AIの行を1本足す発想で足ります。新しい規程を別に作ると、現場は2つの規程を読み比べることになります。
だから対策の順番はこうなります。
- 会社が法人向けプランを契約し、使ってよい環境を用意する
- 入れてよい情報と、入れてはいけない情報を決める
- 誰が確認するかを決める
禁止から始めると、この3つのどれにも到達しません。
決めるのは3つだけ
社内ルールは長くする必要がありません。最小構成は3項目です。
項目 | 決めること | 書き方の例 |
|---|---|---|
使う環境 | 会社が契約したアカウントのみ使用可 | 「業務での利用は会社契約のアカウントに限る。個人契約の利用は業務データを扱わない範囲とする」 |
入れない情報 | 個人情報、人事評価、係争案件、未公表の取引条件 | 「氏名・連絡先・マイナンバー、評価情報、係争中の案件、未公表の価格は入力しない」 |
確認する人 | 出力を確定する責任者 | 「社外に出す文書は、担当課長が事実確認のうえ確定する」 |
3項目に共通するのは、技術ではなく運用の取り決めである点です。だからIT担当ではなく、経営が決める領域になります。ひな形を長く作るより、この3行を全員が覚えている状態のほうが安全です。
業種ごとに追加する1行
3項目に、自社の業種で「絶対に外に出せないもの」を1行足してください。
- 士業: 顧問先の申告情報、係争案件の内容
- 建設業: 発注者との契約金額、未公表の入札に関する情報
- 医療・介護: 利用者の氏名と病名、投薬の記録
- 小売・卸: 仕入価格、取引先ごとの掛率
この1行があるかどうかで、現場の判断が変わります。抽象的な「機密情報」という書き方では、誰も自分の担当業務に当てはめられません。
判断に迷う場面の答えも用意しておくと親切です。「顧客名を伏せれば貼ってよいか」という質問は必ず出ます。案件の内容から相手が特定できる場合は、伏せても意味がありません。社名を消す作業より、その資料を貼る必要があるかを先に考えるという基準にしておくと、現場が迷いません。
誤解されやすい3点
社内の議論で繰り返し出てくる誤解があります。先に外しておきます。
「入力した内容が、他社の回答にそのまま出てくる」。 法人向けの製品では、入力が学習に使われない設定が既定になっています[1][2]。学習に使われないなら、他の利用者の回答に自社の情報が現れる経路もありません。個人向けで学習を許可する設定にしている場合も、入力がそのまま他者に返る仕組みではありません。モデルの改善に使われる、という意味になります。
「社内サーバーに置かないと危ない」。 クラウド会計や勤怠管理を外部サービスで使っている会社なら、判断の基準は同じです。契約でデータの扱いが定まっているか、管理者がログを確認できるか。この2点で見れば、生成AIだけを特別扱いする理由はなくなります。自社サーバーに置く選択は、費用と運用の負担が別に発生します。
「無料版なら記録が残らないから安全」。 逆です。会社が把握できないことが、いちばん困る状態です。事故が起きたときに、誰が何を入力したのかを調べられません。無料版が広まるほど、説明できない領域が膨らみます。
検討を数日で終わらせる
半年かけて検討している会社と、1週間で決めた会社の違いは、決める順番だけです。
1日目は、契約するプランを決めます。すでに使っているツールの法人プランを見るのが最短です。2日目は、入れない情報を4つ書き出します。個人情報、人事評価、係争案件、未公表の取引条件。ここに自社の業種の1行を足します。3日目は、社外に出る文書の確定者を役職で決めます。ここまでで、社内ルールの骨格は完成です。
残るのは周知です。全社に配るのは、A4半ページで足ります。長い規程を作ると、読まれないまま運用が始まります。読まれない規程は、無いのと同じという前提で短く書いてください。
情報システムの担当者がいない会社でも、この3日で決められます。技術的な判断は含まれていないからです。
公的な指針はどう言っているか
判断の根拠を社内で示すときは、公的な資料を引くほうが早く通ります。
個人情報保護委員会は2023年6月、生成AIサービスの利用に関する注意喚起を公表しました。個人情報取扱事業者に対して、プロンプトへ個人情報を入力する場合の留意点や、入力した情報が機械学習に利用される可能性を確認する必要性を示した内容です[5]。
総務省と経済産業省がまとめた「AI事業者ガイドライン」(第1.1版・令和7年3月28日公表)も、AIの利用にあたって守るべき指針を整理しています。人間による判断の介在や、透明性、責任の所在が柱に置かれています[6]。
どちらも「使うな」とは書いていません。 点検すべき箇所を点検し、責任の所在を定めて利用する、という構成です。社内の説明では、この点をそのまま伝えると議論が前に進みます。
監査と説明の準備
取引先や顧客から「AIを使っているのか」と問われる場面が増えています。答えられる状態を作っておいてください。
用意しておくのは3つです。契約しているプランの名称と、そのデータ取り扱いの記載。社内ルールの3項目。そして、出力を確定している責任者の役職。この3つが言えれば、説明としては十分に成立します。
逆に危ないのは「たぶん大丈夫です」という答え方です。相手は判断できません。契約と運用を紙1枚にまとめておくだけで、商談の場での不安がなくなります。取引先の情報セキュリティ担当が見るのは、その紙に書かれた根拠の出所です。各社の公開文書へのリンクを添えておけば、追加の質問はほとんど来なくなります。
ログの扱いも先に決めておきます。法人向けプランでは管理者が利用状況を確認できる仕組みが用意されていることが多く、誰がいつ操作したかを追える状態になります。この機能を「監視」の道具にすると現場が萎縮するため、事故が起きたときの調査用と位置づけて周知するほうが運用が続きます。
取引先から求められる書き方
大手と取引がある会社では、「生成AIの利用状況を書いて出してください」と依頼される場面が出てきました。求められる内容は、たいてい4つに収まります。
利用しているサービス名とプラン。入力を学習に使わない設定であることの根拠(各社の公開文書の記載)。社内で入力を禁じている情報の範囲。そして、出力を人が確認する工程の有無です。この4つを1枚にまとめておけば、依頼が来てから慌てずに済みます。
書き方で1点だけ注意があります。「AIは使っていません」と書かないでください。実際には社員が個人で使っている可能性があり、後から矛盾が生じます。使っている前提で、管理の方法を書くほうが信用されます。
まとめ
生成AIの情報漏洩対策は、次の順番で組んでください。
禁止は対策ではありません。把握できない利用を増やすだけです。使ってよい場所を用意することが、実際にいちばん漏れにくい設計になります。人が確認する工程の設計はAIに任せてはいけない業務の見分け方に詳しく書きました。
自社の現在地を確かめたい方はAI活用度診断へ。社内ルールと運用の設計を一緒に進めたい方はAI導入コンサルティング、まず相談したい方は無料相談をご利用ください。
※本記事は2026年8月時点の各社の公開情報にもとづきます。データの取り扱いは規約の改定で変わるため、契約前に必ず最新の規約と自社のプランの記載をご確認ください。
参考文献・出典
- Enterprise privacy at OpenAI — OpenAI(参照 2026-08-25)
- Is my data used for model training? — Anthropic Privacy Center(参照 2026-08-25)
- Updates to Consumer Terms and Privacy Policy — Anthropic(参照 2026-08-25)
- Generative AI in Google Workspace Privacy Hub — Google(参照 2026-08-25)
- 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について — 個人情報保護委員会(令和5年6月2日・参照 2026-08-25)
- 「AI事業者ガイドライン」掲載ページ — 総務省・経済産業省(第1.1版・令和7年3月28日・参照 2026-08-25)



